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顔のない美女図鑑

顔が写っていないのに美女としか思えない写真の数々

世界遺産

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多くの写真を眺めていると、これとこれは同じ仲間だという分類が自然にできてくる。この写真は前回の写真とよく似た印象を受けるので、前々からなぜか何度も見比べてしまう一枚であった。いわば「気になる写真」という領域に長い間、二枚ひと組で置かれたままの状態であった。

よく見ると明らかにモデルの人種も服の色も異なり、背中を「丸めている / 反っている」という違いもある。にもかかわらず似た印象を受けるのは何故なのか、最初はよく飲み込めなかった。

しかし、二枚を比較することによって少しずつ理解が進んだ。
この写真は前回に比べると、大きく背中が開いており、ポーズのつけ方も撮る側の意識も「うなじから背中の肌」を美しいものとして認識し、強調していることが明白である。

ある夏の日の午後……。
普段は勉強(または仕事)にばかり励んでいる生真面目なあの娘が……。
ふとした瞬間にうっかり見せてしまった……。
うなじと背中のかもし出す無防備な色気……。

とでもいった魅力が全開になっている。

この写真の魅力を理解したことが補助線となって、結果として前回の写真の良さも次第に飲み込めてきたのであった。
こうして筆者はようやく「背中の美」という観点にたどり着いた。

考えてみると「背中の美」とは、なかなか学習する機会の少ない美である。
たとえば女性の後ろ姿の全身像があるとして、そこに少しでもお尻が写っていれば即、主役の座はお尻様のものとなってしまう。
ほんの少しお尻の割れ目が写っているだけでも、それは「半ケツ写真」と判断されてしまいがちである。
胸や横顔といった強敵が写っていれば尚更、そちらに関心が移ってしまう。
そして、その瞬間「背中の美」は急速に色を失ってしまい、もう顧みられることはないのだ。

脆く儚い背中の美。
このブログでは「背中の美」を世界遺産並みに、大切に保護していきたい。

 

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