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顔のない美女図鑑

顔が写っていないのに美女としか思えない写真の数々

このブログの前史

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今回で99回目の更新となった。

毎回欠かさず読んでいただいている読者の方々、手間を惜しまずこれまで☆を付けていただいた皆様には、厚く御礼申し上げます。

たまにの方や一見さんにも、厚く御礼申し上げます。

「全然こんなブログ知らない!」「何それ、見たこともない!」「それよりW杯でしょ!」という方々にも勢いで御礼を申し上げたい。

 

さて、「このブログの前史」とは大仰なタイトルだが、今回と次回(100回)の二回に渡り、このブログを始めるまで~始めてからの経緯について少し書いておくことにする。


書かないでいると自分が考えていたことも忘れてしまうし、この機会に自己紹介を兼ねてブログ観のようなものも書いておきたい。

 

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1.さるさる日記時代

そもそも私がインターネットに熱中したのは99年頃のことで、まだネット人口が総人口の10%か15%くらいという時代である。
当時、参加型大喜利サイトが盛んで、お題に対してボケを書いて投票で順位を決める形式のサイトが幾つもあった。
その頃のHNが「あんころ餅」だったため、はてな関係の「id:ankoro」というのはその頃の名残である。

ブログというものの存在が視野に入り始めたのは、おそらく2001年前後である。

さるさる日記」という無料の日記作成サービスがあったので、日記めいたものを少し書くようになった。

 


2.はてなダイアリー時代

さるさる日記」はデザインが悪く、進歩や改善の意欲が感じられなかった。

そのうちにデザインが豊富で使いやすい「はてなダイアリー」が出てきたため、2003年頃にそちらに移行した。
タイトルを「ちんたらコラム」として、読んだ本や観た映画の感想などを毎日のように書くようになった。

一種の評論家ごっこのような気分で「これが好き」「あれが良い」「これはダメ」といった調子で書くのは気持ちがいいし、ネット上の知り合いに対する名刺がわりにもなるので、世代や性別とは無関係に同好の士が見つかりやすく楽しかった。

いわばネットの大海の中の小島のようなものである。

 

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その後も音楽、歌舞伎、将棋、ウクレレなど、その時ごとに扱うジャンルも題材もバラバラで統一感がないブログとなったが、気楽に何でも書けるので、ネット大喜利ブームが去った後も書き続けた。

 

とりわけ、音楽関係のブログを書いている人同士でテーマを決めて、好きな曲を十二曲選曲する「セレクト合戦」という企画は面白かった。「休日に聴きたい音楽」「真夜中に聴きたい音楽」などは今でも会心の出来だと思っている(聴いてみたいという方にはCDを差し上げます)。


ちなみに現在でも検索でこのブログにたどり着く人が多い記事は、
「梅味噌の作り方」
「猫が反応する音」
「イギリス人の選ぶ小説BEST100」
などである。

 

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このブログがきっかけで知り合った人は多く、実際に会った人もいて有意義だったのだが、やはり何年か書いているうちには、次第にモチベーションが低下してくる。

本に関しては「読書メーター」、映画に関しては「鑑賞メーター」といった新しい受け皿が出てきた影響で、ジャンル別に書く場が振り分けられて整理が進んだ結果、あまり書くことが無くなってしまった。

それまで仲の良かった知人らは次第にブログの更新をしなくなり、ミクシーツイッターフェイスブックに交流の場が移っていったようだった。
私自身もまた、感想や雑感を書くことにも、読むことにも少々飽きてしまっていた。


何となく「ブログの時代は終わった」という空気が2012年頃にはあったように思う。

 

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そういう訳で、いま現在の「ちんたらコラム」は「間奏にヴィブラフォンが入っている曲」といったマニアックな興味を書いておくのと、家庭菜園で「種をまいた」「苗を植えた」「収穫した」といった日時を控えておく程度のメモ帳になっている。

 


3.Tumblr時代

Tumblrを知ったのは、ちょうど今から一年前の6月だった。
詳しい説明はここ(心が疲れたときのためのTumblr)などに詳しいが、簡単にいうと、
「言葉の代わりに写真ばかりが並んでいるツイッター
といった感じである。

 

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私はそれまで「写真」というジャンルに興味を感じたことはほとんどなかった。


中には優れた芸術写真や報道写真があると知ってはいたし、キャパやアラーキーの本を読んだり「LIFE」の愉快な写真を集めた洋書も持っていたのだが、その程度の興味の持ち方であるに過ぎない。


いかんせん写真集そのものの値段が高く、中身がよく分からない状態でわざわざ数千円を出して買うという習慣はまったく無かった。
たとえば「参加型ネット大喜利」や「セレクト合戦」が無料で、参加者の力を合わせて「面白さ」「楽しさ」「可笑しさ」「素晴らしさ」「良さ」を生産してシェアしていたのに比べると、写真集の数千円という投資はいかにも高い。

 

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ところが無料のTumblrで写真を色々と眺めてみると、指で目玉をピン!とはじかれるような鮮烈な写真、アッと声をあげたくなるような写真、惚れ惚れして感心するような素晴らしい写真が次から次へと出てくるのだった。


しかも、それが「たまたま」の優れた一枚なのではなく、何十枚、何百枚と「当たり」「大当たり」が毎日続くので驚いてしまった。


センスの良い誰かをフォローすると、その誰かがセンスの良い写真を毎日のように流してくる、その源流をたどるとまたセンスの良い人に通じる、またその誰かをフォローする……、というサイクルを繰り返していると、滅多なことではハズレがなくなってくる。

 

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 当初私が熱中したジャンルは「動物」「自然」「風景」といった辺りだが、「モノクロ写真」「ユーモラスな写真」「建築物」「女優」「日本画」などにも興味が広がり、さらに「和物雑貨」「北欧デザイン」「ジャケット」「昔の雑誌記事」「イラスト」「陶器」「雑誌」「ラベル」、写真以外の「名言」などに枝分かれしていった。

 

その枝葉の一つに「顔のない美女」という小さな花がポツン、と咲いていたのである。

 

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この「顔のない美女」というコンセプトをいつ、どのようなタイミングで思いついたのかは記憶が定かではない。

ちょっと紹介してみようといった軽い気持ちから「ちんたらコラム」の中で十回ほど書いてみたのが今年の一月のことである。


次回予告:次回は「はてなブログ」に移行してからの歴史だよ!

 

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